こころなごむ今宵のうたげ

「いづみや」は
美味しいお酒とお料理が愉しめる店として、
昭和22年の創業以来、
皆様に親しんでいただいております。
新鮮な魚、旬の素材を毎日築地より仕入れ、
地酒や焼酎なども酒処ならではの品揃えです。
お一人様で、お仲間と、ご宴会にと、
どうぞ気軽にご利用くださいませ。
ご宴会や接待、ご会食は4名様から
60名様まで承ります。
スタッフ一同、皆様のお越しを
心よりお待ち申し上げております。

スタッフ

いづみやの歴史

  • 昔のいづみや
  • 昔のいづみや
  • 昔のいづみや
  • 昔のいづみや

また当店には、この土地周辺で商いをし、住まわれている方々とともに、もう一つ守っているものがございます。
それが当店のすぐ脇に鎮座まします於満稲荷(おまんいなり)でございまして、当店は元より周辺一帯で大事にお守りして
おります。
土地を守るお稲荷さんでございますが、家康公の側室、お万の方に縁があるというお話も承っております。

昭和22年創業

今は昔、徳川家康公が本能寺の変の難を避ける際、道案内などで世話になった摂津国(大阪)・佃村の人々を、江戸に招いた際住むことを許可したとされるのが、中央区湊界隈でした。
「いづみや」は、その湊に位置した鉄砲洲に看板を掲げた酒問屋です。 以来、江戸・明治・大正を経て、戦後の昭和22年、焼け野原だった中央区日本橋のこの地に場所を移し、その屋号を引き継ぎ看板を守ってきたのがこの酒処、ひょうたんが目印の「いづみや」で
ございます。

歴史のロマン見つけたり

いづみやの小話

養珠院通り

道路の愛称となっている「養珠院」とは、今からざっと400年前の徳川幕府草創期に、徳川家康の側室として、いわば幕府を裏から支えた女性”お万の方”のことです。
このお万の方を祀る稲荷社がいつ、どんないわれでこの地に創建されたかは、万治年間(1658-61)頃というほか定かではありませんが、稲荷社に関しては江戸切絵図「八町堀霊岸嶋日本橋南之繪圖(はっちょうぼりれいがんじまにほんばしみなみのえず)」にも於満稲荷(おまんいなり)の記載があります。また、文献『用捨箱』には徳川吉宗が治世していた享保(1716-36)頃には、於満稲荷に紅を供えて願い事をする風習のことが伝えられていて、徳川家康の心を動かした美貌

養珠院通り

の女性、お万の方にあやかろうとする庶民感情がよく表現されております。 そしてこの「於満稲荷」は、中央区日本橋3丁目3番3号の酒席 いづみや横にあります。

於満稲荷

於満稲荷は、徳川家康の奥御前「お万の方」に縁があるといわれる稲荷です。
「いづみや」にご来店の際は、是非この小さなお稲荷様にも足をお運びください。

於満稲荷

於満稲荷の由来

料理と種類豊富なお酒を思う存分

料理

毎日仕入れる新鮮な旬魚の刺身や、人気の白魚の唐揚げ。
愛され続ける定番のお料理など、
どれもお酒と相性がいいものばかり。
種類豊富に取り揃えたお酒の中から
お好きなものを選び、ほろ酔いで
愉しいひと時を当店で
お過ごしいただけるよう
心を込めておもてなしいたします。

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